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​◆2025年2月3月、上品芸術演劇団「ニッポン人は亡命する――けっして福井県高校演劇祭での『明日のハナコ』事件に取材したわけではない喜劇――」鈴江俊郎 演出バージョンの鳥取、愛媛県での上演を終了しました!
今治会場。
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 まったく舞台照明は使わず、まったく装置のない素舞台でなにができるか?という条件の中で私たちが選んだのは円形に客が座ってみているまんなかでやる、という上演のかたちでした。

 だから、写真にとると、なんというか素朴そのもの。誰が客やら誰が演者やら……っていうふうに見えるのですが、まあ実際にご覧になったお客様はどう思われたでしょうか。

 

 お客様の入る前の客席の形はまんまる。ということは同時に、舞台の形。この小さい丸の中で全芝居が上演されるわけです。

 なにしろ演者と客が近い。振り回した腕がお客さんのあごにあたりそう。ちょっとうしろにのけぞるとお客様の足を踏みそう。そんな距離をどううけとめるか、これはもうお客様個々の感受性次第なわけです。

 東京・大阪・北九州でのうずめ劇場「ニッポン人は亡命する」とはまるで違った演じ方、時間の長さ、テンポだったはずです。上演時間は70分ほど。うずめ劇場のは105分ほどではなかったでしょうか。両方の上演を見た方もおられます。その違いには演劇の可能性というものが感じられたのでは……ないかなと自負しています。やり方によって、まるで違うんです。

 音楽演奏に、鍵盤ハーモニカをあやつる女性が舞台のまんなかに現れたのも大きな特徴。この女性が、なんとつとむの妻の役も演じます。重要な役どころを、迫力ある演奏をする音楽演奏の方が演じるのです。これもお客さまを驚きの時間につれて行ったのではないかな。武田詩乃さん、ほんとにありがとうございました。

 役者、音楽家さえいれば、装置も照明もなくてもどこにでももっていける演目が一個できました。だけど役者と音楽家はもうとっても大変。あんまり軽くはもっていけないものです。演劇ってほんとに皆さんの協力と、背中の芯まで疲労が支配するような労力のたまものだと痛感します。

 今治、鳥取でのアフタートークも、お客様のお話がたくさん聞けました。皆さんの簡単に語りつくせない感想が展開されて、私たちもとっても感じるところが大きく、深い対話でした。これからも、対話を求めて、いろんなところで、いろんな表現をしていきます。皆さんにも呼びかけます。表現は、人が生きている、ってことだ。そして、それを抑圧するというのは、他者の生を抑圧するってことなんだ。客席で演技者の汗とはずむ息を目前にしたお客様は痛感したはずだ。演劇ってたいへん……こんなの抑圧するのは、人として全くどうかって話だ。さあ。あっちでもこっちでも話して、話して、話そう!(鈴江俊郎)

倉吉会場。
鳥取会場。
​お客さんはいる前の舞台ってこんな感じ。
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2025年2ー3月、けっして「明日のハナコ」事件に取材したわけではない喜劇、「ニッポン人は、亡命する」がその劇作家鈴江俊郎自身の演出・出演による座組 上品芸術演劇団 によって愛媛県今治市、鳥取県の鳥取市と倉吉市の三か所に旅をする!









































 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 




以下は鳥取での公演のチラシ。↓
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 




 
 
 
 
 ペーターゲスナー氏による演出、うずめ劇場制作による東京・北九州・大阪での公演が行われている一方で、並行して同じ台本を、書いた鈴江自身の演出、出演、上品芸術演劇団による制作で稽古が進行中なのです!見比べてみるととっても良いかも。全然違うものになってます!

     https://jouhin.wixsite.com/jouhin

 「明日のハナコ」事件にけっして取材していないという副題でありながら濃厚になにやらそのあたりの事実が新たにまた浮き彫りにされるのか?深く日本社会の闇にまで切り込む契機を与えるこの事件の様相、それを目撃し体験した劇作家の目から見たこの事件、そして世界が、たっぷりと展開されることになるのかもしれないこの作品。
 どうか、三都市の上演を見に行こう!

 この企画は今治市の「みかんの会」との協働のお仕事。鳥取、大阪、愛媛の役者が、今治の古民家に集結して合宿して稽古して作っちゃう。アーチスト・イン・レジデンス今治、なのだ。さあ。新しい演劇創作の試みは成功するんだろうか?
 ペーターゲスナー氏演出の作品と違って、鈴江演出のこの作品は客が、役者をとりかこむ。円になって。その中で役者が演じる。なんだこのかたち?きっと多くの人は見たことがないこの形。前から役者が演じて、横に列を作った客席が見る、という多数派の劇場とは全く違うこの「近い」演劇が、きっとあなたの感性を襲うでしょう。はらはらどきどき。
 さあ。三都市へ。ただし、客席も会場も小さいので、席数はとても限られています。ご予約は早めに!
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雑誌テアトロ 2025年1月号.avif

◆雑誌テアトロの2025年1月号にこの戯曲「ニッポン人は亡命する――けっして福井県高校演劇祭での『明日のハナコ』事件に取材したわけではない喜劇」が掲載されました。

 

   https://www.fujisan.co.jp/product/1218162/b/2604357/

 

 ちなみにこれは上演すると2時間くらいあるロングバージョンの戯曲です。たっぷり長いです。2025年1月に上演されるうずめ劇場の台本よりも長いのです。その2月3月に上演されるこの鈴江演出の上品芸術演劇団の台本よりもずっと長いです。

 さてこのたっぷりの情報量が立体化される上演はいつの日か実現されるのでしょうか。それはまだ先のお楽しみに、ということにいたしましょう。

 どうか本屋さんへ。本屋さんへ。あるいはネットでご注文ください。

◆日本海新聞に大きく報告記事が のりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳥取県では大部数を誇る新聞の1面に!そして20面に!のりましたよーー

記事は明確に「この日本社会の危険をテーマにした芝居」と独自に見出しをつけてくれているのです。この社会の危険を問題にしているからこそ、皆さん、新聞の読者のみなさん、こういう上演があった事実を知っていてくださいねーーーと知らせようとしているのです。これは西日本新聞に大きく報告記事が のりました。もう、私たち上演団体の意志を超えて、この新聞社の、明確な意思表示だと受け取っていいのじゃないだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20面の記事はさらに大きく「演劇を通して表現の自由を考える」と見出しをつけてくださっています。もはや演じる役者としては考えるどころではない。全身に押し寄せる、押しつぶされそうな表現の自由そのものの化身になったようなメンタルの塊になって立っていたからこそ、むしろ逆に気づいたような感じがします。そう。今、こんどは、考える番です。そこで見ていた皆さんが前に、一歩出て、演じる私たちも一歩、前にでて、そして、多くの人が一歩ずつ、前に出て、考えたら、人ひとりでは一歩なんですが、世界は大きくかわるのです。

地方の新聞にはまだまだこういう気骨のある姿勢のある組織が残っている。私たちは運動の過程で原発べったりの福井新聞の記事の姿勢にはなんかいもがっかりさせられた。それは地方の新聞に対する幻滅、むだな失望を私に植えつけかけたかもしれない。まだまだ、いる。まだまだ、あるのだ。

 ほら。上演会場だった倉吉の上灘コミュニティセンターを背景にそびえたつこの紙面!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ。鳥取会場。お客さんが入る前のそわそわした気分の客席。さあ。ここから。まだ、これから。(鈴江俊郎)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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